うさぎさんスイーツ

純いつ+勇人くん視点

白村じゃなくて沢村って書いてあるけど、地の文で白村が違和感バリバリだったから許してちょーだい><

「黒石さん、良かったら、これどうぞ」
作ってきたんです、とにこやかに差し出されたのは透明な袋にラッピングされたクッキーだった。
おもむろに取り出して口に放り込むと隣で圭吾が「もっと味わって食え」だの「片桐のスイーツは素晴らしいね」だの忙しなく喋っている。星型、猫型、ハート型。色んな形をしたクッキーにあったらいいと思って俺は片桐に聞き返した。
「ウサギはねぇのか?」
その瞬間、温厚な片桐の目がメラッと燃えて、「作れなくはありません」と負けず嫌いを絵に書いたような答えが帰ってきた。これは及川の「湖」レベルの地雷を踏んだか、と思いながら、スタジオの窓際で集っている連中を盗み見ると、そこでは同じように片桐が作ってきたクッキーを口に運びながら談笑をしているDearDreamがいる。その中の黄色いヤツが口に星を咥えながらこっちを睨むように見ていた。
「待っててください、黒石さんのために完璧なうさぎさんを作ってきます」
メラメラと炎のようなオーラを滲ませながら片桐はDearDreamの方を振り向いた。途端、そっぽを向く視線。何でもないように咥えていた星を咀嚼し、輪に戻ってきた片桐の頭をこれでもかと言うほど撫でる。驚いた片桐が「どうしたんですか、純哉くん」と不思議そうな声を上げたのに、「クッキー、サンキュ」ととりわけ素っ気ない返事をしていた。あんな射殺しそうな目をしていたくせに。
(ふぅん……)
鼻から笑いが零れた。

それから数日後、廊下の向こうから片桐がこっちを見つけて頭を下げてきた。隣にいた沢村と佐々木に一言か二言告げると、こちらへ走ってくる。沢村はくるりと方向を変えてレッスン場に入っていった。残るもう1人は、案の定こちら、と言うか、片桐の背中を追って見張るような目線を寄越す。
(へぇ……)
「黒石さん、良かった!これ、作ってきたんです!」
差し出されたラッピングには長い耳のついたクッキーが詰まっていた。白と黒、おそらくプレーンとチョコレートの生地で形作られたウサギの目には赤いドライフルーツまでついている。
「イカスな」
率直な感想を述べると、目の前の雰囲気が華やいだ。ニコニコと嬉しそうにしている片桐の前で直ぐに黒い方のウサギを口に放り込んだ。こちらを見ている鋭い視線の持ち主の口がへの字に歪んだのが見えて可笑しかった。
「うめぇ」
「良かった!」
赤い目を象ったドライフルーツと相性のいい濃さのチョコレートに苦心したとか何とか。料理がよくわからない俺にはよく分からない話を滔々とされ黙って聞きながら二つ目も口に放り込む。今度はプレーンだ。向こうからこちらをを睨みつけている顔は益々苛立った雰囲気を隠しもせず、その後ろを通りかかった圭吾と及川が不思議そうな顔をしてレッスン場に入っていった。
一通りのスイーツ作成薀蓄を話し終えて、後ろでイライラ貧乏ゆすりをしているやつの所へ帰ろうとした片桐を一言呼び止める。
「他に、なんか作れんのか」
うさぎのヤツ。
そう続けると、一瞬ポカンとした片桐はやっぱり次の瞬間メラッと炎を背負って「幾らでも作れます!」と宣言してきた。その宣言が思いのほか大きな声で、廊下の向こう側で片桐を今か今かと神経質に待っていたヤツまで届いたようだ。
「………!」
あからさまにショックですという文字を顔に書いたままあんぐり口を開けて青ざめる佐々木は傑作だった。

それから週をまたいでまた数日後。
今度は食堂に連れてこられて座らされた。隣のテーブルでは佐々木がパスタとスープとサラダとドリアとステーキを前に難しい顔をして頬を膨らませている。いくら三神さんお手製とはいえ頼みすぎだ、と本を片手にコーヒーを飲んでいる及川が言っているので、そういう状況らしい。何も置かれていないテーブルの前に座らされた俺は食堂の冷蔵庫から沢村が慎重な手つきで四角い箱を持ってくるのを眺めていた。チラチラと口をいっぱいにしたやつの視線が絡みつくが、面白いので放っておく。テーブルの上に置かれた箱を片桐が開封した。
「じゃじゃ〜ん!黒ウサギさんのケーキでーす!」
何故か嬉しそうに紹介したのは沢村の方で、片桐はまたケーキの解説に入っている。クッキーのときの同じドライフルーツを使った赤い目はそのままに、ウサギの顔は横向きのデザインにされており、ツヤツヤとしたチョコレートが全体を覆っている。グラサージュって言って、と片桐が解説しながらフォークを渡してくれた。
「このまま食っていいのか」
長い耳がついているから大きめの容器にのせられているが、サイズは手のひらサイズだった。切り分けてみんなで食べるという雰囲気でもない。どうぞ、召し上がってください、と和やかな声が返ってきたので、俺はまた妬ましそうに睨みつけてくる視線を全面に受けながらキラキラした黒ウサギのケーキにフォークを突き立てた。いつもなら周りには気付かれないようにしている佐々木も、目の前で繰り広げられる「黒石さんのために作ってきた片桐お手製チョコレートケーキ」なるものへの嫉妬が隠しきれないようで、対面に座る及川に心配されている始末だ。しかも本人には全く届いていない。
耳から崩して口の中に放り込むと、見た目ほどの甘さもなくコーティングされた部分のチョコレートがパキリと割れた。淡いグラデーションで層になっていたスポンジ部分は紅茶のシフォンケーキをミルフィーユ状に積んだものらしい。
「うめぇな」
解説の途中で感想を挟むとまた嬉しそうな雰囲気が片桐から弾け、隣のテーブルでは嫉妬に燃えた般若面が及川から「おい、純哉、フォークをそんなに噛んだら歯がかける……!」と注意を受けている。
「でしょでしょでしょ〜!ボクもね〜試作品食べさせてもらったんだけど、すっごくしゃらら〜〜んっふわわっ!って感じで美味しかったんだよ〜」
そりゃどんな味だと思ったが特に口には出さず「お前も食ったのか」と確認した。
「うん!この間いっちゃんちに遊びに行ったときにね〜美味しかったぁ〜」
俺は食べてない!と顔にありありと書かれた佐々木が沢村を見る。面白くなって「おい」と声をかけたら、想定外ですと言わんばかりの顔を向けられた。
「お前も食うか?」
「えっ」
トレイに五品も乗せたことを忘れたような喜びの顔をした佐々木に水を指したのは俺じゃない。
「えっ……でも純哉くん、ケーキまで入ります?」
困ったような声色に、俺は笑い出しそうになった。よりにもよってお前がそれを言うのか。同じことは佐々木も思っているようで、喜色満面を一瞬にして隠して三神遥人メニューと俺の前に置かれた片桐特製ケーキを見比べた。ひと皿がいちいちでかく、当然ケーキまで入る量ではないだろう。俺でもキツいなと思う量くらいだ。
「何ならそのドリアと変えてやってもいいぜ」
助け舟を出してやると、佐々木は目に見えてホッとして「俺もいつきのケーキ食べたいしなー」などと調子ののったことを言い出した。それにちょっとカチンときたから、余計な一言を追加してやった。
「その”三神さん”か、片桐か、選べよ」
言った意味が正しく伝わったのは、固まった佐々木の顔で分かった。想定外だったのは、片桐の方からも動揺した雰囲気が伝わってきたことだった。ん?と違和感を覚えるよりも先に、佐々木がこちらをしっかりと見て答えた。
「いつきを選ぶ」
「…………。」
トレイの上のドリアの皿をおもむろに掴み、熱かったのか一回離してから今度は布巾で掴んでテーブルを越境させた。す、と目の前に置かれたドリアは美味そうだ。そして、うさぎケーキの解説をしていた片桐は仄かに頬を染めて嬉しそうに突っ立っている。
(……読み違えたな)
あんなに片桐に気付かれないように敵対心を剥き出してくるから、佐々木の独り相撲なのかと思っていた。しかしこの反応を見るにそうでもないらしい。興を削がれて嬉しそうにケーキを引き取った佐々木を尻目にドリアに手をつけようとしたら、片桐が思いついたように零した。
「あ、間接キスですね」
思わず口にスプーンを運ぶ手が止まって、向こうのテーブルでも佐々木が噎せて及川から水を勧められている。いいなぁ、と小さく零した片桐の独り言は、独り言として片付けた。

それからまた数日後の話だ。
相変わらず仲睦まじそうにしている佐々木と片桐にちょっかいをかけるのは辞めた。ことの次第を察した白馬の王子様(圭吾)に、馬に蹴られる前にやめろと叱られたのもあるが、まあ、あえてけしかけてやらなくても良さそうな気がしたからだ。
「あいつら、仲良くやってんのか」
隣にいた天宮が俺の視線の先を追って、あー、と気の抜けた声を出す。
「純哉くんといつきね、仲良いよね。まだ付き合ってないんだよ、勇人くん知ってた?」
「………。」

マジかよ。