タイムリープもの

 

勇人が怒っている。
機嫌が悪いままもう1週間。毎週この曜日は風間宅にお泊まりするのが慣例だけど、この空気のなかで確認する勇気はオレにはない。昨日お風呂もトイレも掃除したし、僅かな期待を込めて整備しているベッドヘッドの宝箱(コンドームとかローションを入れている)も補充したのに無駄になりそうだ。来週は楽できるからいいかな……来週、勇人の機嫌が直ってたらだけど。
消極的な希望的観測を考えながら遠い目をしていたら、勇人がいつもの分かれ道で別れずオレについてきた。えっ?そのまま来るの?いつも1回家に帰るのに?期待に舞い上がりそうになるけど、いつもと違う行動は逆にオレの心を不安にさせた。どうしよう。何を考えてるんだろう。浮気―――あれを浮気と言うのならだけど―――がバレたんだろうか。

一週間前。
不思議な夢を見た。夢、だと思うけど、夢だと言うにはあまりにもリアルで思い出すだけでも股間に影響が出る。勇人をベッドに寝かせたと思ったらその人は勇人であって勇人ではなかった。どういうことだと思うだろう。その人は黒石勇人と名乗り、28歳だと言った。その人はオレの(臨戦態勢の)股間をちらっと見ると困ったように眉を寄せてため息をついた。泣きそうになったのを察されたのか、その人は気まずそうな顔をするとポンポン頭をなでてくれた。珍しい。というか、うさぎや沢村にやっているのを見たことはあるけど、実際にされたのは初めてだ。なんだか恥ずかしかった。
その人は遠慮するオレを制して、口でしてくれた。口で。
口にちんこを入れるなんて相手の気持になったらとても出来ないと思っていたのに、そんな罪悪感なんて感じる前にすぐに射精してしまった。そりゃそうだろう。黒石勇人の顔した男の人が股間に顔を埋めているなんて、想像だけでも刺激が強すぎる。むこうも思ったよりオレが早く出したから驚いたようだった。居たたまれなさに苦しくなったけれど、大人なその人は呆れるでも笑うでもなく辺りに散ったそれをきれいに舐め取って掃除したあと、「寝とけ」とオレを抱っこして寝てしまった。勇人だ、と強く思ったのはその時だった。
その人の腕枕で寝て起きたら、目の前には死んだように眠る勇人の寝顔があった。気が付かないうちに寝てしまったのだろうか。前後関係があやふやな記憶のまま、勇人の寝顔を眺めていたらまた眠っていて、朝になっていた。

その朝から勇人は不機嫌なままで、今に至るというわけだ。

思い出したら、むずと股間が疼くのを感じて頭を振った。ちがうちがう!アレは忘れよう!いま大事なのはこっちの勇人!ずーーーーーっとご機嫌ななめなこのお姫さまのほうだ!
家に帰ってから「ご飯どうする?」と聞いても勇人は上の空で、辛うじてウンとかスンとか言うだけだった。心ここに在らずって感じだ。致し方なくキッチンに立って夕飯の準備を始めて、ふと気づいてしまった。
「………はっ?!」
まさか心変わりか?!オレが先週の夢(みたいなやたら現実味のある体験)に浮ついてる最中に、まさか他に好きな人ができたとか言うんじゃないだろうな?!解凍がてら湯がいていたうどんを混ぜる手が止まる。浮気(じゃない、断じて違う)よりも本気の心変わりは許せない。いやだ。KUROFUNEどうする気なんだ。ダメだ!絶対に許せない!
「勇人!」
「鍋吹きこぼれてんぞ」
「ちょっと待っててくれ!すぐ夕飯にする!」
キッチンから走り出てきたオレを勇人は携帯いじりながら一言でオレを追い返した。すごすご帰りながら、勇人は何をしていたのか考える。
恋人でも勝手に携帯を覗いてはいけないという理性はある。あるけど、あるけど、でも、今見てるのがいつものウサギの写真(どれも一緒に見えるって言うと勇人は怒る)ならいいけど、もし、どっかの知らない人とのツーショットとかだったりしたらどうする?それは男なのか?女なのか?膨らむ妄想に悶々としながらつけた味付けは少ししょっぱかった。勇人は何も言わずにペロッと平らげていたけど。

そしてそれから小一時間後の話だ。
「ゆ、勇人……?」
「うるせぇ」
夕飯のあと順番に湯船につかり、新曲だとか仕事の打ち合わせだとか学校の用意だとかを全部すっ飛ばした勇人は突然オレをベッドに放り投げると淡々と馬乗りになってきた。胸ぐらを掴まれて、殴られるんじゃないかという不安とは裏腹に熱烈なキスを受ける。鼻の頭を擦りつけられて、みっちり唇に吸いつかれた。口の中に入る気かという勢いでぐいぐい押し付けられたまま何度も角度を変えられる。溢れる唾液。あがる息。勇人の喉の震え。
キスをしながら勇人は胸ぐらを解放した。どうも下を脱いでいるようだ。時々こっちの股間を余裕が無さそうに撫で回した。
「っ……、は……っ」
「ゆ、勇人……どうしたんだ……」
勇人の目はもう潤んでいてどこか浮ついていた。頭を胸に押し付けていやいやと振られる。
「勇人、傷つくから、ローション使って」
「っ……、は、あ……」
「勇人」
……勇人は最初からセックスがうまかった。と、思う。でも別に経験があったとかそういうわけじゃない。恥ずかしいくらいこっちをじっと見詰めて、何を望んでいるか理解しようと努めてくれたからだ、と思う。キスがしたいと言外に示せばすぐに察して目を閉じてくれるし、脱がせたいのだと手をかけるとちゃんと腰を浮かせてくれた。脱がされるのが恥ずかしくて服にかけられた手首を掴めば大人しく離してくれたし、オレが気持ちよくていっぱいになっている時はちゃんと抱きしめて満たしてくれていた。
「勇人!」
手を伸ばして慌てながらローションのボトルを引き寄せて勇人に押し付ける。自分でやりたいならやらせてあげた方がいい、と思うが、もしかしてオレは下手だったんだろうかという不安はやっぱり感じてしまった。だから上の空だったのか。性生活の不一致を改善したいのか勇人は。泣きそうになりながら、必死で勃起を保った。いま萎えたら本当に捨てられる。
蕩けた目の勇人がローションを受け取り手に出す。混ぜもせずそのまま自分の尻にそれを突っ込んだ。胸の痛みとは裏腹に、自分でアナルを弄る勇人に興奮する。自分でいいところを刺激してるなら、それを全部オレにレクチャーしてほしい。そしたらもっと勇人のことを満足させてみせるから。
「ゆ、勇人……」
勇人は自分のアナルを拡張するのと同時にオレのペニスをしごくから、快楽だけを追っている勇人の顔を見ているともう挿入してしまったような錯覚をおこす。絡みついているのは勇人の指なのに、まるで肉壁の中で搾り取られているみたいだ。突き上げたい。ナカを勢いよく奥まで突き上げて、オレの上で跳ねる勇人が見たい。下から突き上げられて喘ぐ姿が見たい。悶々とした妄想が頭を支配し、もう我慢できなかった。
「ゆ、勇人……入れたい………いれて………」
「………。」
とけた勇人がはじめてオレを見た。苦しそうに表情が歪む。ああ、やっぱりオレとのセックス良くなかったのかな……。目頭がジンと熱くなって涙が滲んだのが分かった。
勇人はオレの要望を素直に聞いて、ぽっかりあいたアナルに、バキバキのオレの亀頭を押し付けた。にゅぐうっと亀頭半分くらいが吸い込まれて、オレは言いようもないほど興奮していた。はいる。はいっちゃう。重力に逆らわず勇人の体が落ちてきて、オレのペニスが勇人のアナルにハマる。早くしてくれ。射精してしまいそうだ。
「あ、う、ああ………っ」
勇人の腕ががくがく震えて力が抜ける。だめだ、とハッとした。
「ゆ、勇人!」
手を伸ばして落ちてこないように身体を支えたけど、勇人はそんなに軽くはなかった。
「あ゛!ああーっ!」
ずぶずぶ重力に逆らわずに入っていく光景に目眩がした。待て、待て、まだ、そんな奥まで、ダメだ。
「勇人、ダメだって、奥、痛いって、言ってた、だろ……!がんばれ……!」
「う、う゛〜〜〜っ」
いつもの場所を亀頭がすり抜けた。こんなの、こっちの理性だってもたない。勇人は真っ赤になった顔でぶんぶん頭を振る。汗だか涙だか分からないものが散ったのが、きれいだと思う。
ぺたん、と勇人の冷たい尻が腰に触れて、突き上げたい衝動を、オレはギリギリなんとかやり過ごした。
「あ、あ、あ、」
勇人の方も暫くはぶるぶる震えて何とか耐えていた。けど、それは長くは保たなかった。
「……!」
どろどろに蕩けた顔と目が合って、心臓が跳ね上がる。勇人の口が何か言いたげに動いたあと、器用に脱力しながら硬直した。
「あ、あ、あーーーッ!」
ぎゅるっ、とペニスが絞りあげられて悲鳴をあげそうになった。勇人の太ももを掴む手に力が入る。びくん、びくんと大袈裟に身体を跳ねさせて勇人がイッた。と思う。勃った先っぽからはヨダレのような液体が糸を引いただけだった。
「ゆ、勇人…?」
「っ……う………」
歪んだ顔に手を伸ばす。真っ赤になった頬に触れた瞬間、勇人の瞳がまた濁って「だめだ」と呟いた。
「っあ!あっ!う゛あ゛あ゛ッ!!!」
「っ?!」
またナカがうねって勇人が身を引き攣らせた。えっ?また?何もしてないのに?がくがく震えて身を反らせる壮絶な光景を眼前に頭が真っ白になった。下半身に力を込めて突き上げる。
「んあ゛っ!」
仰け反った勇人が後ろにひっくり返る。辛うじて後ろに手をついて身体を支えたけど、頭は首の座ってない赤ちゃんみたいにころんと転がった。膝を掴んで横に開く。狭まった尻穴がペニスの根元を締め付けた。それが鮮やかに目に映る。丸見えだ。勇人のえっちな穴にぺろりと飲み込まれてしまったオレのペニスがそこにある。がくがくしている勇人を押すとそのキツい穴から今にも射精しそうなモノがずるりと顔出した。すごい。いつもやってることのはずなのに、初めて目で見たそれは今まで理解していたものとは全く別物だった。
「……っ!」
「うあ゛っ!!!」
ごつん。突き上げると穴で繋がった場所から勇人の身体が跳ね上がる。その身体はすぐに落ちてきて、またオレのペニスを根元まで全部頬張ってしまった。口の中に唾液が溜まって、零れないように飲み込む。勇人はそんな余裕もないみたいで、突き上げるごとに涙や汗と一緒に宙に撒き散らしていた。
ごつん、ごつん。
「ひっ!あ゛う!う゛!う゛!う゛んん~〜〜」
後についている手ももう限界みたいで、今にも崩れそうにがくがくしている。突き上げて跳ねた体が着地するたびにビタンビタンと跳ねるペニスからぴゅく、ぴゅく、と薄い精液が飛び散った。
後ろ手がとうとう片方ガクンと折れてしまったので、手を伸ばして腕をつかむ。勇人の口の端から新しいよだれが垂れて、顎から胸板へ透明な橋を作った。
「……っ、と……」
勇人の腕を引っ張った反動を使って身を起こした。ぐらぐらしてる勇人を抱きとめたあと、ゆっくり後ろに押し倒す。入ったまんまのペニスを抜いたり入れたりしながら慎重に体位を入れ替えた。
「け、いご……」
「………うん」
なんの返事をしたのかよく分からなかったが、見上げてきた勇人の額にキスを落として、ゆっくり中を擦り上げた。いつもの体勢。いつものやりかた。いつもの腰の使い方。勇人もいつも通り長い腕をオレの首に巻き付けて下唇に甘く噛み付いてきた。気持ちいいことを強請るときの仕草だ。
「奥、しろ」
言葉尻はおねだりでもお願いでもなく命令だけれど、それで気分が悪くなることなんてない。勇人の腰を掴んで、いつもよりずっと奥まで強く腰を叩きつけた。
「あっ!あっ!あっ!」
「はあ、はあ、はあ……」
ユニゾンのように呼応する喘ぎ声に頭が朦朧とした。射精感はすぐにやってきて、なけなしの理性で何とか抜こうとしたけど、勘のいい勇人の足が腰に回されて引けなくなる。ゾ、と震えが頭の上まで抜けた。
「、勇人、はなして、出ちゃう……っ」
返事はなくて、ただより一層きつく抱き寄せられた。みっちり一番奥までハマった状態で、勇人の中にすべてを包まれたまま、理性は歯止めを失った。
「っ!うあっ!ごめ……っ」
「ひっ…!ぁ、……あ、あ゛〜〜〜……っ」
射精中のペニスをぎゅうぎゅうに締めあげられて情けない悲鳴をあげながら精液を出し切った。萎えていくはずのそれを痙攣する内壁が刺激してまたどうにかなりそうになる。必死で絡みつく力の抜けた足を外して引き抜いた。首に回っていた手がシーツに落ちる。
「はぁ、はぁ……」
やけに自分の呼吸音が耳についた。両手で掴んだ両足のあいだ、赤く腫れてぽっかりあいた穴がくぱくぱ開閉して、奥の奥で吐き出した精液がどろりと垂れた。鳥肌たった。生々しすぎてグロテスクですらあった。でも、怖いほどのそれにオレは心臓を締め付けられて興奮した。勇人。あの黒石勇人が、こんな風に、尻の穴を擦られて中出しされて気持ちよさそうに痙攣してる。こんな。こんなのって。
「圭吾」
伸びてきた腕に掴まれて我に返った。抱き寄せられるのに逆らわず勇人の上に倒れ込む。吐息がくすぐったい。汗ばんだ肌がきもちいい。勇人でなければ気持ち悪いだけなのに。
「ごめん、なか……」
「いい」
短いいらえに言葉を遮られた。どくどく派手に脈打ってるお互いの心臓に気付く。今日の勇人は、やっぱりどこかおかしい。
「勇人……、なんか、あったのか?」
「…………」
「その………ものたらなかった……、りしてたのか?」
オレとセックスするのが、と言えなくて言葉を濁してしまった。また泣きそうになって目頭が熱くなった。聞かなきゃよかった。答えなんて聞きたくない。覚悟の決まってない心臓は性懲りも無くバクバク脈打っていた。
「……」
でも勇人からの返事はなくて、不思議に思って抱きしめあった身体を少し離した。
「………寝るなよ」
「寝てねぇ」
目を閉じていた勇人にまさか寝たのかと愕然としたら、その目はパカッと開いて虚空を見つめた。なに。何を見てるの。オレじゃない何を見てるの。そんなの許さない。
「勇人」
無理矢理視線の先に入って勇人を見下ろす。やっと目が合った勇人はジィッと見返してきた。無言で見つめ合う時間が続く。
「……おまえ、ほんと、ガキだよな」
「は?!」
そ、それはセックスを指して言ってるのか?!確かに身体を交えた回数はかさんできたけど、今日みたいな激しい交わりはしたことが無かった。でも勇人だって、そういうのを望んでるなんて一言も言ってくれなかっただろ!だから!だから……。
「が、がんばるから……別れないでくれ……」
死にそうになりながらそれだけ絞り出すと、キョトンと子供みたいなあどけない顔をした勇人が不思議そうに瞬いて、何言ってんだ?と口にする。良かった。まだ別れる気はなさそうだ。
「別に、アレもお前らしいと思っただけだから気にすんな」
「そ、そんなにオレは信用ないのか?!」
勇人は何言ってんだ?という顔をしたあと、やっぱりいつものでいい、と言った。いつもの?
「お前が、楽しそうにやってるやつ」
勇人が目を閉じて楽しそうに笑うと、そのまま大きなあくびを一つして満足したように眠る態勢に入った。いつものセックスに不満はないというけれど、でも今日の勇人はやっぱりいつもと比べようのないほど乱れていてエッチだった。本当はこういう、グロテスクな、暴力的なセックスが好みなんじゃないだろうか。悶々と不安が降り積もる。
「が、がんばるからな…!」
寝入ってしまった勇人に聞こえないように、小声で誓ってしまった。