ふたなりの話

 地方のロケでまた圭吾が前入りを確約してきたから思う存分ヤれるなと言ったら何が応でもセックスはしないと強い拒否にあった。
「は?いいだろ別に」
「ダメだ!……前入りしといて寝坊からの遅刻なんてやるわけにはいかないだろ。」
 時間はまだ20時を過ぎたところ。シャワーはお互い浴びたし、夕飯は道中人気店と名高いラーメン屋で食ってきた。ホテルで歌うわけにもいかねぇし段取りなんて死ぬほど圭吾に叩き込まれた。
「じゃあ何すんだよ」
 ベッドに腰掛けて座る湯上りの圭吾の股の間に膝をついて見下ろす。ギクリとしたのが気配でわかった。俺が気づいてないとでも思ってんのかコイツ。
「ここはヤリてぇつってんだろ」
 グリ、と膝でテント張った股間を押してやると圭吾は情けない悲鳴をあげてしがみついてきた。フワフワに乾かされた髪が腹に擦りつけられる。ホテルの備え付けでは我慢できない王子様はシャンプーも持参だから、その匂いは反射的に俺を興奮させた。パブロフの犬ってやつだ。
「ちょっ……勇人!やめてくれ!あっ…!」
「ヤル気んなったか?」
 圭吾の熱い吐息が下腹にかかかって、こっちの股間も窮屈になる。寝るためだけの服装はその反応を隠してくれやしない。
「…………、っ………」
 まだ頭の中で抵抗してるっぽい圭吾のチンコを、タマの方から持ち上げるように手で揺すってやると、気持ちよさそうな声を出して仰け反り後ろに倒れ込んだ。これは勝ったな。
「ぜっ………………ったい挿入はしないからな…………………………」
 はいはいと思いながら覆いかぶさってキスをすると完全に自分の性欲に負けた男の目がギラギラと俺を見返した。負けたくせに凶暴な視線だ。ゾクゾクと腹から笑いが込み上げてきた。だから圭吾とのセックスはいい。
 ゴムのウエストに手を突っ込んで結構固くなってたチンコを掴む。腰のひけた圭吾に、汚れるから外に出してと頼まれた。ナカでやるから興奮すんだろ、と思わなくはなかったが下着が汚れると困るのはお互い様だったから大人しく取り出して亀頭を撫ぜる。
「……っ」
「言ったわりにはガチガチじゃねーか」
 圭吾は「うるさい」と負け惜しみを吐き出すと、やけに勿体ぶって俺を押し倒し足から衣類をすべて引き抜いた。全部脱がす必要あったか?と一瞬思ったが、うろ、と泳いだ視線にピンときた。
「もしかして、おまえ、触りたいのか?」
 足を立てて視線を泳がせた顔を挟んでやる。圭吾は肯定しなかったけど、否定もせず、ただ息を詰まらせた。ビンゴだ。前のとき初めて弄らせたそこ。雄の顔を色濃く滲ませて孕ませたいとしつこく嬲ってきた女の穴に、どうも圭吾は興味津々らしい。
 触りたけりゃ触ればいいのに、圭吾は違うと口走ったまま目を泳がすので、面倒になってシーツに突っ張ってる手を取った。
「こっちだろ?」
 それを股の間、チンコの後ろ側に誘導してやる。何か言いたげな顔をした圭吾は、一瞬抵抗したけど直ぐに瞳を欲情に溶かした。愛し合うだの抱き合うだの、いちいち顔を見てキスをして長々と時間を掛けて前戯をしたがる圭吾がすっかり性欲に負けて女性器に意識を持ってかれてるのは面白れぇ。
 震えた指が遠慮がちに閉じきった隙間に触れて、爪先を押し込んだ。
「濡れてる」
 そりゃ勃起してんだから濡れもするだろ、と思ったがあまりにも嬉しそうにするから水を差すのはやめておく。同じように感じていても俺の勃起にはあまり喜ばないところは、コイツ、ノーマルだよな、と思った。
 コレの存在を知られる前から圭吾は俺をモノにしたいという顔と態度で俺を抱いてきた。なのにいざコトが終わると男じゃなくて勇人だから好きなんだ、だの、女扱いしたいわけじゃないんだ、だの、それ誰に言い訳してんだ?ってことばっかり言う。別にそれが嫌ってわけじゃない。俺の気にしていない、圭吾だけが気にしている色んなことに勝手に頭を悩ませて、でも欲望には俺よりも従順に、いっそ清々しいほど正直になるところが気に入っていた。パラドックスはいい。圭吾のそれは、特にイイ。
 圭吾の指はゆっくりと小さな割れ目を開くように前後していた。ひらいてもいいぜ。言おうか悩んだけど、圭吾の「いけないことをしている」とありあり書かれた罪悪感丸出しの顔が面白すぎて黙っていた。たどたどしく濡れた肉を撫でるだけ。それだけで圭吾のチンコがぴくぴくしてるのが見えた。
「おく」
 蕩けた顔でボーッと入口を撫でているだけの圭吾に焦れてそれだけ耳元で囁いてやると、ビクリと肩を跳ねさせた圭吾がゆっくりと俺を見上げる。努めて何でもない顔をしながら「おく、しろよ」と言ってやると、案の定がっついた圭吾が夢中でキスをしながら押し倒してきた。シーツを蹴って足を開いてやる。気持ちいいと痛いの狭間みたいな甘噛みを舌に受けながら、圭吾の頭を両手で抱えた。耳の後ろを擽ると気持ちよさそうな声を出すとこも、俺のお気に入りだ。
 勢いで指がぐっと奥に差し込まれる。小さな穴はそれだけで引き裂かれるような痛みを訴えてくるので、反射で呻いてしまう。ハッとした圭吾が「ごめん」と言いながら身を引いたので、慌てて腕を掴んで中に押し込んだ。ぐっ。痛い。
「いい、しろ」
 俺だっていつまでも冷静に圭吾の出方を見ていられるわけじゃない。気持ちよくなってきたら理性だってぶっ飛ぶし、それがイイからこういうことしてる。前に引っかかれた奥の気持ちよさを思い出して声が漏れた。じゅわ、と染みる感じがあって、圭吾が嬉しそうな顔をした。今のはどっちかってと痛くて出たヤツだからな。
 圭吾の指は今度こそ慎重に俺のナカを進んできて、奥の気持ちいいところに辿り着いた。熱いため息が零れる。圭吾の角張った指は腟内のあちこちに当たって気持ちがいい。浅いところも、奥も、めちゃくちゃイイ。
「勇人……」
 前のセックスを思い出して目を閉じていた俺は、圭吾に額を押し当てられて目を開いた。ゆらゆら揺れる目が俺を見下ろし、大丈夫?と聞いた。俺は頷くことで答えにした。そろそろ変な声が出そうだ。
 圭吾の指が動くと時折ピリッとした痛みが走る。たぶん普通の女のそれより小さいせいだろう。痛みへの恐怖と快楽への期待がごちゃ混ぜになっていく。酷いことをされそうな、でもめちゃくちゃ気持ちよくなれそうな、そんな瀬戸際の不安定さは麻薬のように俺の意識を焼いた。吊り橋効果にも似た興奮。不安定な場所で頼る相手がいて、でもその相手は自分に害をなすかも知れない。その緊張と弛緩がキモチイイ。
「圭吾、もっと、しろ」
 何かを我慢するみたいに唇をきゅっと噛んだ圭吾が俺の股の間を見下ろして慎重に指先を動かした。微かに引っかかる、子宮口。生理もあるし昔調べてもらった分にはちゃんとした機能をもった子宮らしい。とてもじゃないがチンコが出入りするような広さはないし、普通に股がさけるだろう。検査でつっこまれたカメラは本当に小さな、痛みすら感じないものだった。受精すればちゃんと妊娠する機能が備わった、れっきとした女性器だけど、その入口になる穴は圭吾のチンコの半径ほどもない。
「あー………」
 くちゅくちゅと小さな音が聞こえた。いつもうるさいくらいに愛を囁く声も、人工的なローションのぐちゃぐちゃいう潰れた音とも違う。ジワジワと気持ちいいのが腹に広がる。圭吾を見ると中途半端に開けた口から涎を垂らしそうな顔をしていた。
 足を伸ばして俺が引っ張り出したまま中途半端に勃起している圭吾のちんこを足の裏で踏みつけた。驚いた圭吾の動きで痛みが走るが気にするまでもない。親指の腹で先っぽを擽ってやると圭吾はやっとやる気を出したようだった。
「っ勇人……!」
「うあっ」
 奥を必死で掠っていた指がぬるーっと引かれて1回外に出された。糸を引いた指を太ももに擦り付けて拭うと、また入ってきて直ぐのところにあるしこり、前立腺を転がしてきた。
「んっ!……うっ」
 自分のチンコが押されて無理矢理うごかされるのが分かる。奥を擽られたときのような、恐怖感と隣り合わせの危険な快楽とは違う。男の、実に単純で頭が空っぽになる快感に素直に身を任せた。
 繊細な動きはできなくなって、土踏まずで圭吾のチンコをふみふみしてたら、圭吾は俺の前立腺を片手で押し上げながらもう片手で俺の足を掴んでチンコを好きに押し当ててきた。
(うわ……)
 ぞく、と震えが走った。
 これは圭吾が言った通りセックスなんかじゃねぇな、と思った。
 圭吾の視線はくちゅくちゅと涎を垂らす俺のヴァギナに釘付けになっていて、それを見ながら勝手にチンコをシゴいては足裏に押し付けてくる。完全にオナニーだ。圭吾が俺の身体を使って自慰をしてる。
「……はっ、ふっ……」
 笑いが漏れたのを圭吾は睨んで咎めてきたけど、愉快な気分が損なわれることは無かった。手を伸ばして一生懸命シコってる圭吾の頭を撫でた。
「イイだろ」
 乾かしたばかりで妙な花の匂いを撒き散らしている前髪の向こう側で圭吾の目が瞬き、「うん」と変に素直な返事が返ってきた。ぬちゅ、と足の親指と人差し指の間に亀頭が潜り込もうとして、滑っていく。カリが引っかかって、ずり、と皮が滑った。気持ちよさそうなチンコを見てたら我慢できなくなって自分のを手で掴んだ。指で作った輪をぎゅっと締めてちょうどいい良さで引き上げる。腰が浮きそうになって、ナカに入った圭吾の指がそれをぐっと押さえ込んだ。痛い。でもきもちいい。痛気持ちいい。
「ぅーーー……あ、った、うっ」
自分でチンコしごきだした俺を見て圭吾は前立腺じゃなくてまた奥まで指を押し込んできた。
「っ!あっ?あっ、……っ?」
「なんか……さっきより浅い……」
 さっき爪先で引っかかれた子宮口に、より深く指が触れた。中に入ってくるんじゃないかという恐怖がぶり返す。ぶわ、と汗が出て、瞼が痙攣した。小さく引いた指が、またぐっと押し込められて、やっぱり記憶よりも深いとこを抉られる。汗と一緒に鳥肌が一斉に立った。
「あっ…あっ、それ、ぅっ」
「すごい、これ、奥、気持ちいいんだ……」
 意識したわけじゃないのに、うっとりとした圭吾の声に呼応するようにナカがギュウっと指を絞り上げた。少しだけ抜かれて、奥を突く動作を繰り返される度に背骨を駆け上がってく震えに頭の中が弾けた。
「うあっ、あっ、あっ、あっ」
 指先にまで痺れが伝わって、チンコをしごく手から力が抜ける。圭吾の指の動きを追うので忙しいのに、手が止まってるよと嘲笑う声が聞こえた。
 痛みのギリギリ手前みたいな刺激を何度も繰り返されて警戒の硬直と安堵の弛緩の感覚が狭くなってきた。意識が吹っ飛びそうになる。くる。その瞬間は気持ちいいものだと知っていても、体が逃げを打つほどに怖い。不思議な感覚だった。
「あっ!あうっ!ンうーーーっ!」
「すごい、白いの、出てきた」
 嬉しそうに言った圭吾の見ている場所はチンコじゃない。そう激しくは動かしてない亀裂からドロリと精液みたいなのが漏れて圭吾の指を伝う。鳥肌が立つ。ゾクゾクと震えが何度も背筋を駆け上がり、腰が浮き上がりそうになってはその都度圭吾の指が俺を楔のように押さえ込んだ。けれど、それは、簡単に俺の体と意識を攫っていった。
「ッンーーーーーーー!!!」
「うわっ」
 がくん、と宙に放り出された感じがして、落下の恐怖に知らずもがいた。いつもより強いそれに呆気なく押し流される。いつもの5倍、高いところに放り投げられたようだった。浮遊感。落下。意識が途切れるほどのキツイ感覚。しぬ、と思った。
「〜〜〜〜〜〜ッア゛!?っ!!!!」
 天地も分からなくなってひたすら身体が壊れていくような感覚の中、混乱した視界に圭吾の心配そうな顔が映る。慌てて手を伸ばして、それにしがみついた。
「っ!!!!!ゥ゛!!!!!ひっ……」
「勇人?大丈夫か?」
 大丈夫に見えてんなら目医者に行ったほうがいい。なんとか掴まえた圭吾に引っ付いて、身体が散り散りになるような衝撃に耐える。何が起こってるか分からなかったし、何も考えられなかった。
「は、ぁあっ―――あうっ…!」
 やっと砕け散った肉体の感覚を取り戻したと思ったら圭吾の手のひらが神経丸出しみたいに繊細になった背中を撫でてきた。そこからまた体と意識がガラスのようにひび割れる。
「大丈夫?指ぬく?」
「いっ、いいっ!ぬくな……っ、うごくな!」
 折角取り戻した感覚が、圭吾が触る場所からまたボロボロ崩れていきそうだった。自分を留めておけない乖離感に指1本動かせない。ガチガチに固まって暫くそのまま圭吾に抱きついていた。
本当に微動だにせずにいた時間がどれだけだったかは分からない。ふと気がつくと静かな部屋の中でカチコチと時計の秒針が時を刻んでいて、圭吾は本当にじっと動かずに俺を抱いていた。
「―――落ち着いた?」
「………ぅ……」
 そっと囁かれた吐息にすら腰が抜けそうになったけど、そのまま散らばっていきそうな感覚はだいぶ落ち着いていた。腕から力を抜いて頭を圭吾の肩に預けて止まっていた息を意識して吸い込んだ。まだ喉が震える。それは圭吾も気付いてるようだった。
「触ってもいい?」
 やけに柔らかい、まるでプリンセスに向けたセリフのような言い回しに少しだけムッとしたけど、今の俺にはそれくらいの態度が丁度いいとも思った。いま雑に扱われたら正直困る。身体の接合が全部取れそうだ。
 優しく背に手を回されて撫でられる。
「抜くよ」
「あっ……」
 ビクン、と跳ねた身体を労るように撫でて、圭吾は俺のなかに埋め込んだ指をゆっくり動かした。
「あっ……、ンッ、………ッ、……んぅ……」
 ナカの肉が腫れ上がってるんじゃないかと思うくらい敏感になった場所を圭吾の指がゆっくりと退いていく。指に絡みついてるのが如実に分かった。にちりと粘着質な音を立てて白いぬめりがシーツに落ちる。
「あっ……ぁぅ……ぅぅ……ン……」
 口の端から涎が垂れてしまったのを圭吾が手で掬って俺の口に戻した。口内に入ってきたそれを、口寂しかった俺は吸うように舐める。指を突っ込まれてる場所、上も下もダラダラ体液垂らしながら、俺は満たされていた。
 ヌポッと音をたててすべて抜かれた指を追うように奥からドロリと漏れる感覚があって、圭吾は「抜けたよ」と報告しながら口から指を抜いた。ちょっと物足らない気分になる。唇が側頭部に押し付けられて、少しだけ耳の上の方を食まれた。
 コテンと頭を預けながら、たゆたう視界の中にまだ勃起したままの圭吾のちんこが見えて、ああ、これなんとかしてやらねぇと、と思った。力の入らない指先で先っぽに触れる。圭吾の喉が音を鳴らした。
「勇人、いい」
「いいってこれどうすんだ」
 どうって……と困った声を出した圭吾は「トイレとか…」なんて言い出しやがった。腹が立ってコントロールがバカになっている手で思いっきり握り潰してやった。全然力が入ってないそれに圭吾は「痛いって」と嘯いて俺の手を引き剥がす。そのまま後ろに倒されて、一応腕をつっぱって押し返したが、なんの抵抗にもなりゃしなかった。
「それ全力か?全然力入ってないけど」
 嬉しそうに笑うのに煽られてもう一度胸倉を殴ったけど、更に笑われただけだった。ダメだ。今は何をしても裏目に出るだけだ。
「じゃあここで抜くから身体貸して」
 圭吾はそう言うとチンコを俺の腰骨あたりに擦り付けてきた。そんなことするなら素股でもすりゃいいのに。そう思って足を立てて「股」って言ってやると圭吾は「いいからじっとしてろ」と膝を叩いてきた。ビリっと痺れが走って力が抜ける。変な声が鼻から抜けた。
 圭吾は俺の首筋に鼻先を埋めて目を閉じた。自分のをごしごし扱きながら先っぽを押し付けられる。本当にすることが無くて瞬いた。時々唇が皮膚をやわく吸って、でも跡をつけられるほどじゃない。はあ、はあ、と耳元で圭吾の荒い息づかいがして、押し当てられた亀頭が精液を吐き出したがってパクパクしていた。何もしてないし何もされてないのに、一緒に息が上がる。さっき俺が無茶苦茶になってたときの圭吾もこうだったのか。興奮でぼやけてきた視界が滲む。身体はもう興奮するほどの力は残ってないのに、意識だけが絶頂に連れてかれるみたいだ。
「っ、は、は、ゆうと、…っ!」
 一番強くチンコが押し付けられて圭吾が俺の名前を呼ぶ。びゅ、と勢いのいい精液をぶっかけられながら、心臓が潰れるような思いをした。何度か分けて吐き出される度にちゅっちゅ音をたてて首筋を吸われる。全部出し切った圭吾が身体の力を抜いて上に覆いかぶさってきた。まだ整わない息。汗に濡れた肌がペタリと引っ付く。ぞわぞわ鳥肌が立ってため息が漏れた。背を抱いてやろうとしたけど、手は重くて動かなかった。
「服、よごれる」
「うん…………………普通にセックスした方が、良かったかもな」
 それから圭吾の精液と俺の垂らした本気汁で汚れたシーツを備付けのティッシュで適当に拭ったあと、俺のほうのベッドに二人して潜り込んだ。圭吾とセックスするのもイイけど、こうやって一緒の布団で寝るのも好きだ。ワクワクするし、ちょっかいをかけてやりたい気分になる。
 携帯いじっている圭吾の肩に顎を乗せて覗き込む。アラームを設定しているらしい。
「朝、起きてくれよ」
「お前もな」
 ムッとした圭吾が携帯を放り出して頭を抱えてきた。
「目覚ましも設定しないやつに言われたくない!」
 頭が枕に沈んでじんわり眠気がやってくる。圭吾のにおい。気配。ホテルの周りは静かだ。
「………あのさ」
 うとうとしてたら圭吾の呟きが夜の底に落ちた。
「いやだったら、言えよ」
「…………………。」
 何のことを言われてるか分からなくて返事ができずにいると圭吾はそのまま続けた。
「男とか、女とか、………俺が勇人を好きなのに………そういうの関係ないから……」
 ぼんやりした意識の中でまたそんなどうでもいいことを悩んでんのかと思ったが、そう言えば俺が言ったんだと思い出した。自分でなくなるんじゃないかと。
「………。」
 そんなことまだ気にしてたのかという呆れた気持ちと、そんな俺のことで悩むのかという愉快な気持ちが拮抗する。パラドックスはいい。圭吾のそれは特にイイ。性別に拘ってるのは自分の方なのに、拘らないからと必死に訴えてくるとこがいい。圭吾が俺のことを女扱いしようがどうしようが、俺が変わることなんて有り得ねぇ。なのに変わるはずのないことでいちいちいちいち悩んでンのは滑稽で、でも最高にイイ。
 それに圭吾は何を悩んだって結局は自分の好きなようにするだろう。そういう奴だ。どんなに俺を大切だと言おうが、愛してると言い募ろうが、状況が変われば簡単に裏切るだろうと信じられる。当面、そんな機会には恵まれそうにないけどな。
 好きだよと愛してるよの薄っぺらい睦言を聞きながら、どんなに自分に言い聞かせてもお前は絶対に自分の心の思うさまにしか生きれないだろ、と俺は腹の底で嘲笑っていた。